Category | すず

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

川端康成 「白い満月」

川端康成「白い満月」

【はじめのはじめ】
 四流色夜空さんから、書評サイトのお誘いをいただきとてもうれしく思います。新しいことを始めるにあたって、この新しい機会に、新しい本とも出会いたいと思い、ふと手に取ったのがこの小説でした。短編小説がきっと内容を紹介しやすいし、みんなの知っているような作家にしようという思い、そんな観点から選びました。(川端康成は、日本人で初めてノーベル文学賞を受賞した作家で、『伊豆の踊子』という小説が主な代表作です。)
 「白い満月」は、読んでいて、素敵なフレーズが沢山出てきて、とても好きな作品となりました。冒頭から、「死んだつていい人間は沢山あると思ひます。」と言い切ってしまうことは、衝撃が走りました。また、自分の親が誰か知れないことを「星の世界のこと」「星の世界の空想」だと表現されているのは、単純に綺麗だとも思ったし、考えさせられるものでもありました。その他にも、ある登場人物の口癖である「一個の存在としての敬意を払う」というのも、言葉の心に残るものでした。「白い満月が黄色く色づきかか」るという描写が何度か出てきますが、その景色を実際に見てみたいとも思いました。
 これより下は少し堅苦しい読解に入りますが、文学を遠いものと思ってほしくないので、どこを読むかは、お任せいたします。次以降も、この【はじめのはじめ】だけを読んでいただけるだけでも、うれしく思います。【はじめのはじめ】では、単純に、描写の紹介を行っていければな、と思っています。
 
 以下より、【はじめに】では、作品の情報の紹介を行い、【あらすじ】はあらすじの紹介、それ以降は、テクストの解釈を行っています。最後の【おわりに】は、あとがきみたいなものです。

【はじめに】
 「白い満月」は1925年(大正14年)12月に雑誌『新小説』(12月号)に発表された。1927年(昭和2年)3月に『伊豆の踊子』に収められ金星堂より刊行され、同年11月『白い満月』としてロッテ出版からも刊行された。
(参考文献:『川端康成全集第二巻』昭和55年10月、新潮社)

【あらすじ】
 「肺病」を患う「私」が「女中」としてお夏を「雇い入れ」るところから、物語は始まる。17歳の女の子であるお夏は冒頭より「私なんかどうなつたつていいんです。」「死んだつていい人間は沢山あると思ひます。」と語り、世を捨てているような一面を見せ、また、他人の黙読している読書のペースに合わせて頁をめくることができるという「不思議」な力の垣間見られる人物として描かれている。そのお夏との暮しに「私」の上の妹である八重子が滞在するようになり、物語は急展開を迎える。
 お夏は遠く離れたところに住む自分の父が筏から落ちる「幻」を見て、倒れてしまう。その「幻」は実際に起きたことであり、お夏の父は亡くなってしまっていた。また、「私」の「下の妹」の静江も「自殺」してしまう。互いに家族を失った「私」とお夏であるが、お夏は、自分が近く死んでしまう「夢」を見、自己の死を確信する。「私」もその姿から、自分も死を「予感」し、「二人の死」に「怯えながら」お夏を抱きしめ、物語は締めくくられる。

 あらすじでは紹介しきれないこともたくさんあるため、以下より物語の説明を加えながら詳しくテクストを見ていきたい。

【「私」と「肺病」】
 そもそも「肺病」とはテクスト内において、うつることが懸念されており、「手紙」を「日光で消毒」するなどの描写があることから、肺結核であると考えられる。この「肺病」の療養のために「私」は、温泉地であり避暑地である田舎に「別荘」を借りて暮らしている。
 自分が過去に「肺病」の知人から「手紙」を受けとっていた際「日光で消毒」するなどしていたため、そのことを考えると誰にも手紙を出せずにいる。「来る手紙」と言えば「毎月末規則的に静江から」送られてくるものだけであった。その「手紙が来る時分にきまつて」、「私」に「貧血の徴候」が現われる。「貧血」を「病気のためではなく孤独のせゐ」だと思っており、「静江の手紙と私の貧血との間に何か因果関係がある」と「不吉な空想」をめぐらせ、これを、「孤独な精神の病気」だと考えている。静江は「手紙」と「金」同時に送ってくれるわけであるが、「月に一度」自分のことを考えてくれることを思うと「不健全な心の動揺を感じる」のだ。この「手紙」を「何か霊妙な水に浸したら、私の頭の中の疑ひのとばりに鎖されてぼんやりしている父母や妹達の姿が、はっきりこの紙の上に現はれさうな気が」している。つまり、静江の「手紙」は「私」にとって、送り主以外の家族のことも意識させられるものであったのだ。そして、そこから「憂鬱と孤独」を感じるのである。しかし、お夏が奉公をはじめてからは「貧血の徴候」は訪れず、「私」の考えの通り「孤独」のために「貧血」は起きていたようであり、「私」もお夏のことを「一個の人間は清らかな空気よりも良薬」であったと感じている。
 以上の描写より、家族を彷彿させる静江からの「手紙」は、「貧血」を起こさせることから、「私」にさみしさを感じさせるものであったのではないかと考えられる。のちにも詳しく述べるが、「私」は、妹達とは異父兄妹であることが描かれており、この複雑な家族関係もその原因のひとつであると考えられる。
 以下の八重子やお夏についての描写の解釈を通し、なぜ「私」の「貧血」が「手紙」によって引き起こされ、お夏が「良薬」として描かれたのか、その意味を読み解いていきたい。

【八重子にとっての家族】
 五月よりお夏を「雇い入れ」たのだが、静江からの「毎月」の「手紙」が七月は届かなかった。それを気にしているところに、「私主君の御使い」として「私」のもとを訪れる。八重子は「私」の上の妹であり、下の妹である静江に「一家の金銭上の権利」が移っているので、八重子はこのようなこのような表現をしたのであるが、これは、日本の戦前の民法に規定されていた家制度による、戸主が次女の静江に移っているということであろう。この一家の両親は亡くなってしまっているため、長男である「私」が戸主を務めることが通常であるが、「肺病」であるために妹に移しているのだと考えられる。財産の管理は戸主の大きな役割の一つであるのだが、「私の金銭上の権利を妹の八重子に譲りたい」という思いを八重子にかつて話していたことと、静江は八重子が「投げ出した財産」を「ちゃんと管理」していたことの描写を合わせて考えると、戸主は「私」から八重子、八重子から静江に移っていったと捉えられる。八重子は、長女であるのだから戸主を務めるのが通常であるし、病気を患っているわけでもないのだから、この財産を投げ出した行為は、非常に自由なものであり、家というものに囚われない人物であることが感じ取れる。戦前の〈家族〉というのは、民法でも厳しく定められており、そのため社会通念としても、今想像する以上に縛りのあるコミュニティであったことは確認しておきたい。そのような〈家族〉であるが、八重子自身、自分の父が知れないこと(母親が戸籍上の父以外と関係を持ち、生まれた子供であると、確かに考えられている)を、「天上の問題」であり「星の世界のこと」と語っていることから、血縁というものに拘っていないことも読み取れよう。

  ダリアの花は幸福だって。叔父さんの家のゐた時分ダリア畑の世話をしてゐましたの。お友だちにダリアの根を上げましたけれどもね、お友だちのダリアに花が咲いても、その花は私のダリアの花の妹だなどと知りもしなければ思うもしないつてね。お友だちにそんなことを書いてやつて泣いてゐましたの。感傷主義時代なのよ。
 
 これは、かつて八重子が「私」に話していたことの引用である。この女学生のときの「感傷主義時代」(センチメンタリズム)を経て、八重子は実の父のことを考えることは「星の世界の空想」であると考えるようになったのだ。そして、「私たち」は、「八重子や静江の父を星の世界へ追放した」のである。そのように、血縁というのを追放し、囚われていない八重子は「一個の存在として敬意を払はれる。」というのを「口癖」にしている。

  「一個の存在に対する敬意」といふ曖昧な言葉に、彼女がどんな内容を含めてゐるのか、はつきりとは私に分らない。しかし、女の虚栄心の単純な満足を意味してゐないことは確である。また、この言葉は彼女の生活の自由は何物かに脅かされた場合には必ず飛出すのであるから、絶対の自由といふ気持が含められてゐることも確である。ところがまた、この自由がどの程度の自由を意味してゐるのかは私に分らない。その自由は、却つて彼女を生活する力のない気まぐれ者にしてゐるに過ぎないと思はれることがあるくらいだ。

 以上の引用から、この言葉のことを「私」は理解しきれていないことがわかる。「絶対の自由」のことであるのだが、それは「女の虚栄心の単純な満足」を意味しないのであるから、単なるフェミニズムではないと考えられる。八重子はこの「口癖」に、表れるように、意識的にも「自由」にこだわっているのであった。
 そして「私」は、「この妹」に「彼女と一つになりたいといふ私の慾望をいつまでも苛立たしく煽立て」られ、「どうも分らない」妹を「人間の力で分る以上に分らうとしてゐるのかもしれない」と感じ、それは「私の父の子であるかどうか分らない」ためであると考えている。そもそも「私」は「父」のことは愛しておらず、「母」を愛しているのであり、「母に似た女性が好き」であると述懐している。妹にも性的魅力を感じているような描写も多くあり、八重子とは違い、結局「私」は家族のつながりに血縁というものを意識して捉え、そこに魅力を感じているのだと考えられる。
 さて、「下の妹」の静江にも触れておきたい。
 静江は、「亭主」と「私立大学の水泳選手」が静江を取り合うために「決闘」が行われ、「亭主」とは「離縁」してしまう。この「決闘」が起き、兄に連絡をする気持ちになれなかった静江は、八重子を兄のもとへ「御使い」に遣ったのである。「決闘」とは、八重子によると、以下のようなものであった。

  ピストルでやつたのよ、海岸で撃ち合つてね、玉があたらなかつたと分ると、それもわざと空に向けて発射したのかもしれないわね、ドンドンて音と同時に、二人が両方から飛んで来て、抱合つて泣いたんですつて。男泣きにおいおい泣きながら肩を組んで帰つたんですつて。

 以上のような見解を聞き、「私」は「狂言」ではないのかと考える。その意見に八重子も同意をするが、「私」はそれを八重子にも「責任」がるように考えている。静江の夫は、「その前に八重子の恋人」であったため、「妹の新しい恋人も、その前に姉の恋人」であると考えているからだ。静江は、八重子を「御使い」に遣っている間に、夫から「復縁を迫」られ、「自殺」をしてしまう。そして、その死を受け、改めて「私」は静江のことを「八重子の付属物に過ぎな」く、「八重子の芥溜(ごみだめ)」であったのだと考えている。

  八重子は彼との恋愛を書き損なつた恋文の反故のやうに紙屑籠へ、妹の静江の上へ投捨ててしまつたのだ。しかもそれを受取つた静江はちやんとした結婚といふ形式でその恋愛を固めてゐる、ちやんとした結婚に行着く、さういふ生活の態度から彼女に自滅の悲劇が生れたのかもしれない。なぜならその反対の八重子の上には美徳の塵も悪徳の塵に降りかかることがないのだ。

 引用のような「狡るさ」は、「八重子自身が微塵も気づいてゐないほどに本能的なもの」らしく、八重子が自分自身に対し「一個の存在としての敬意」を払いながら生きていくためには、「傍に紙屑籠」が「必要」であると「私」は捉えている。

 「私」は妹たちのことを愛しながらも、その仲は、異父兄妹であるために、しこりのあるように感じており、八重子は「一個の存在としての敬意」を払われながら生きていくことを信条にしているため、静江を「自滅の悲劇」に追いやってしまうこととなった。このような家族のありようであったために、家族を彷彿させる静江からの「手紙」は「私」に「憂鬱と孤独」を感じさせ、「貧血」を引き起こさせていたと捉えることができる。

【お夏の「不思議」な力】
 「私」の家に奉公しているお夏であるが、物語内で終始「不思議」な力を持つ人物として描かれている。
 まずお夏は、物語の書き始めから、「眼」は「父から受けたらしい悪い遺伝」を感じさせるものであることが描かれ、「遺伝」という言葉から、血縁というものを意識させられる人物として描かれていることがわかる。他人の黙読のペースに合わせ、頁をめくることができ、それは「私」にも読者にも、不思議な力があるように感じさせる。
 「八重子が来てから三日目の午後」、お夏は父が「筏から」落ちてしまう「幻」を見て、倒れてしまう。それは、八重子の目には「癲癇」のように見えるようなものであった。実際は、お夏は「癲癇」持ちではなく、「幻」を見たせいなのであるが、お夏は父がそれにより死んでしまったと確かに信じる。この話を聞き、「私」も八重子も本当のことだと感じるが、八重子は「気味が悪い」と言う。またそれも、家族に囚われている姿への嫌悪感であるとも読み取れよう。そして、「翌る日の夕方」、「電報」により父の死を現実に知ることとなり、涙を流していた。「葬式」で会った「こんどのお母さん」(お夏の実際の母は他界している)と父の間には「弟が二人」もいることがわかったときには、「こんどのお母さんや弟」と「一生会はない」とは言いながらも「親が同じだからと言つて、変な形につながり合つてゐるのはいいかわるいか分らないからね。」という「私」の言葉には「さうじやないんです。――先生(「私」:引用者注)だつて妹さんが亡くなれば悲しいと思うでせう。」と血のつながりにこだわりを示す返答をしている。
 八重子は血のつながりを「星の世界のこと」だと言っているが、お夏はこだわっており、ここに、家族へのつながりについて二つの考え方が提示されたテクストであると考えることができる。
 お夏は、八重子に「心に不思議な温かさがある」とも捉えられているような人物であり、それは、上記のように人とのつながりにこだわっている人物であるからと読み取ることができる。そのような人物であるからこそ、お夏は「良薬」と描かれ、「私」を「孤独」から抜け出させたのではないだろうか。
 しかし、物語の結末は、「私」とお夏は、二人とも「死」を予期させるようにして締めくくられている。この二人の「死」に、どのような意味を持たせるのかは、また、考えどころであるが、八重子の視点で考えると、したたかさは生きる強さではあるが、一人きりになってしまう、ということとしても考えられよう。

【おわりに】
 テクスト読解、長くなってしまいました。もっと短くしたかったのですが……。今回はなぜ「私」の「貧血」が「憂鬱と孤独」により引き起こされるのか、また、どうしてお夏のおかげでそれがなくなったのか。という問いをテクストに対してたて、それを読み解こうと試みました。その読解のために、「私」の家族のあり方や、お夏の家族のつながりを主に分析し、このようなものとなりました。私自身は、八重子のようにたくましい姿も、お夏のように温かい姿も、どちらも良いな、と思いました。
 他にも、分析したいことのあるテクストでした。「白い満月」の情景描写の分析は、また別の観点から面白い分析ができると期待しますし、今回の私の分析にも繋げられる(あるいは全く違う解釈ができる)ものであるとも考えます。
 情景描写はこの作品において、とくに好きなものであったので、あえて、そこには踏み込まず、多様な読み方のできるものとして残しておくこととしたいです。

【付記】
 『現代日本文学大系52 川端康成 集』(1968年12月5日 筑摩書房)を底本とした。
スポンサーサイト
プロフィール

shirosabi

Author:shirosabi
メンバー
四流色夜空(@yorui_yozora)、安田茜、すず(@_suzu0)、波多野文緒

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。