Archive | 2014年12月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

田中慎弥「共喰い」


共喰い (集英社文庫)共喰い (集英社文庫)
(2013/01/18)
田中 慎弥

商品詳細を見る


集英社文庫の『共喰い』には「共喰い」、「第三紀層の魚」という二つの小説と、瀬戸内寂聴氏との対談が収録されている。

〈共喰い〉
「父と息子の血縁の相克を描いた」作品と紹介されるのを見るのがままあるが、『切れた鎖』に見られるように、血筋を描くのは田中慎弥にとって珍しいことではない、かといって本作の色が薄いわけでは全くなく、いままでになく設定と展開が迫力をもって描かれている。
 しかし注目すべきは暴力を振るってしまう血縁に絡め取られていく実存が見る、時間の流れにおける歪な立体感だろう。主人公は様々な時間の箱をくぐりぬける。それは成長していく身体における知覚の変容の、無意識な外化といえるだろう。それによって主人公の直接見ている世界が、奥行きをもって読者のまなざしに飛び込んでくる。
 人はその瞬間ごとの肌で感じる時間の流れというものに、出遭おうとするでもなしに出逢わざるを得ない点で、時間に縛られている。主人公は、自らの性欲の実感に、犬の咆哮に、鷺の降り立つ地面に、下水道の整備されていない家々の排水管からそそがれる川の発する淀んだ臭気に、護岸に巣食う船虫によって、形成された時間の壁に飲み込まれる日常を送る。それは成長しゆくほどに濃くなっていく、嗜虐的な父親の血が自分の身体に通っているという忌むべき感覚でもあるだろうし、それに閉じ込められて一生川辺という町から出ることはできないのではないだろうかという思いへの反発でもあるだろう。主人公は家の中を通る虎猫を見て、家の方が虎猫の体の中を通り抜けていった感じがすると思うほどだ。この虎猫の叙述に、田中慎弥の恐るべき知覚能力の特徴が現れている。唯一、確かに時間から逃れている風に描かれている人物は、アパートの角に座っている淫売の女である。彼女は「夢に見たこともない別の人生が通り過ぎゆくのを眺めている」ために、気配や気分といった語に置き換えられるであろう「時間」の枷から解き放たれた者として主人公の目には映るのである。しかしアパートの女は、実際には化粧の厚いただの淫売である。その女に見た架空の自由ではなく、いかに現実的に処理できるか、四囲にへばりつく時間の壁をどう破壊するか、時間の崩壊には何が伴って起こるのか、それがこの小説の主題とも言えるだろう。また、この『共喰い』というタイトルは、田中慎弥作品の中でも稀に見る秀逸さをもって結実していると思われる。

〈第三紀層の魚〉
 主人公は祖母が世話をする九十六歳になる曾祖父の面倒を時折見に行く、小学四年生の男の子である。父は男の子が四歳の時に死に、母と一緒に暮らしている。モチーフは『図書準備室』に見られるような戦争と、田中慎弥の育った関門海峡近くの海での釣りと、大まかには捉えられるだろう。とはいえ、この作品が怒涛のように大きくうねり、物語の底に横たわっている力を、波飛沫として読む者の眼前にきらめかせるのは、話の終盤、主人公がマゴチを釣り上げるシーンであろう。その時、主人公は初めて涙を流す。しかしその涙は主人公にとって、わけのわからないものとして込み上げ、表出するのだ。ここに『犬と鴉』でも取り上げられたような、テーマのひとつである田中慎弥的な「感情のリアリティ」が描かれている。感情の発露は、特定の出来事によってもたらされるものではなく、それは主人公にとっては常に原因を掴み損ねるものとして、現れるのである。多くの要因が積み重なり、混ざり合い、浸透し合い、打ち消し合って、初めて感情というものはわれわれの手の中に新雪のように降り立ってくる。そこにこそリアリティを見るのが、田中慎弥の真骨頂とも言えるだろう。

〈対談〉
 二人の人物が浸透しあって触発されるディアローグというよりは、瀬戸内寂聴への田中慎弥によるインタビューであるように思えた。田中慎弥は自分のことを語るか、相手の持っている情報を聞きだすしかない、要するに打ち解けあってはいないのだ。それは対談としては、取るに足らない平板なものかもしれないが、僕にとっては田中慎弥の特徴をよく表しているように思われた。閉じこもりながら、社会を冷たいまなざしを向ける田中慎弥、それは執筆した文章の中に現れるだけではなく、実際に他者と対する際にも、そういった姿勢は良かれ悪しかれ崩し得ないものなのだろうと、僕には、彼の人物が浮き上がってくるように感じとれたのである。
スポンサーサイト
プロフィール

shirosabi

Author:shirosabi
メンバー
四流色夜空(@yorui_yozora)、安田茜、すず(@_suzu0)、波多野文緒

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。