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滝本竜彦、著書紹介

1 略歴
 小学生の頃から、楽だという理由で小説家に憧れる。高校卒業後、大学入学のため上京するものの、ひきこもりになり大学中退。小説は大学時代から書き始めるが、デビューしなければ後がない状況だったので必死に作品を書き上げる。
 完成した作品を作家エージェント「ボイルドエッグズ」に送って一度断られるが、別の作品『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』で第5回角川学園特別賞を受賞。その後、長編小説『NHKにようこそ!』やエッセイ『超人計画』を発表。
 『NHKにようこそ!』以来、小説が書けない病気にかかったとして休筆宣言。
 2005年に『僕のエア』『ムーの少年』『ECCO』の三作品が単行本化される予定だったが、どれも刊行されなかった。
 2006年にラジオ番組にて漫画版『NHKにようこそ!』の作業が終了したら上記三作の作業に取り掛かり、一年以内に新刊を出すことを公言した。
 2010年、7年ぶりの新刊として『僕のエア』、2011年の3月に『ムーの少年』が刊行された。(以上、2011年のWikipedia来歴より)

2 作品 works of takimoto
<単行本>
『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』(2001年)
『NHKにようこそ!』(2002年)
『超人計画』(2003年)
『僕のエア』(2010年)
『ムーの少年』(2011年)

<単行本未収録作品>
『新世紀レッド手ぬぐいマフラー』(『ファウスト』vol.4に掲載。上京をテーマにした短編)
『誰にも続かない』(『ファウスト』vol.4に掲載された乙一・北本猛邦・佐藤友哉・西尾維新との短編リレー小説)
『非国民は誰だ!?』(『Quick Japan』vol.64~。本田透と共著)
『メタフィジカル・マルチまがい』(『九龍』vol.6に掲載。短編小説)
『メタフィジカル・セルフプレジャー2056』(『野性時代』2007年10月号に掲載。短編小説)
『ECCO』(『ファウスト』vol.2~4に掲載)
『クリアライト』(『ビッグイシュー』第111号に掲載。ショートショート)
『メタトロンの心』(『ノベルアクト』1に掲載。没原稿三篇「聖なる門」「部屋と覚醒と私」「私のメタトロン」の一挙掲載)
『アセンデッド・サガ 序章‐天を照らせ我が空なる心‐』(『中二病でGO!!』に収録)
『アセンデッド・マスターをつかまえて』(『ファウスト』vol.8に掲載)
『おじいちゃんの小説塾』(『最前線』カレンダー小説第四弾として期間限定WEB掲載)
『ライトノベル 光の小説』(『ノベルアクト』3に掲載)

3.単行本作品について。紹介や書評。
それでは、ここからは各単行本作品(計5冊)を順を追って、紹介していきたいと思う。ネタばれには気を配っていないのでその辺は注意してほしい。

①『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』
 まずは滝本竜彦のデビュー作で2001年に刊行された『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』についてだ。この作品は2004年に文庫化され(解説は西尾維新)、漫画化、ラジオドラマも放送され、2008年には市原隼人主演で実写映画(第4回日本映画エンジェル大賞受賞)が放送された。
 実写映画のCMでGreeeenの「BE FREE」を聞いた人も少なくないんじゃないだろうか。映画のキャッチコピーは「誰でも一度は死にたがる……なんとなく」。


ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ (角川文庫)ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ (角川文庫)
(2004/06/25)
滝本 竜彦

商品詳細を見る


――紹介――
 「ごめんなさい。やっぱり私はあいつと戦います」平凡な高校生・山本陽介の前に現れたセーラー服の美少女・雪崎絵理。彼女が戦うのは、チェーンソーを振り回す不死身の男。何のために戦っているのかわからない。が、とにかく奴を倒さなければ世界に希望はない。目的のない青春の日々を“チェーンソー男”との戦いに消費していく陽介と絵理に迫る、別れ、そして最終決戦。次世代文学の旗手・滝本竜彦のデビュー作。(文庫版裏表紙より)


□□□
 まあとにかくこの作品を僕は僕なりに紹介したい。これがライトノベルっぽいだとかセカイ系に含まれるだとか、そんな話もあるけれど今回はそういうのはおいといて純粋に紹介、というよりもこの作品について話そうと思う。
 本作は学園ものだ。主要な登場人物は高校生だ。

□簡単な人物紹介:
◎山本陽介――主人公。実家から離れ学生寮に住んでいる。ある日、絵理ちゃんとチェーンソー男との戦いに偶然出くわす。
◎渡辺――学生寮で隣の部屋に住む同級生。創作好きで軽く躁鬱気味。音楽へ情熱を向ける。陽介と能登と三人でバンドを組みたかった。
◎能登――同級生。バイクで事故って死んだ。神経質で身体も弱かったが、目つきは悪く、他人には分からないようなことを常に睨んで見据えていた。
◎雪崎絵理――学年は一つ下で主人公とは違う高校に通う。突然チェーンソー男が現れ、突然それに戦える力を得ることになり、それ以来戦い続けている。

□□□
 学園が舞台の小説であれば、恋愛とか友情とか部活がどうだとか、そんなことがテーマにされる場合が多い。しかし本作の場合は、確かに恋愛も友情も部活も含められてはいるのだが、本質的なテーマはそこにはない。主人公(以下、陽介)が絵理ちゃんとチェーンソー男との戦いに参加すると決めた場面を軽く抜き出してみる。屋上でタバコを吸いながら昔の学生を想起しながら喋るシーンだ。

――いや、だからさ。戦争したいとかそういう事じゃなくて。オレたちは残念ながら、昔の人みたくバカじゃないからさ。お国のためとか、そういうのが信じられないんだろう。(中略)この世界に本当の悪者なんかいるわけないし、正義もどこにも無いって思うし。宗教なんかにハマってるやつとかも、単なるおバカさんにしか見えないし。……だからさ、アレだ。つまり、なにも信じるものがなくて、不安だ、と――

――信じるものが欲しかった。これだけは絶対に正しいと思えるような、何かが欲しかった。でも、あいにくオレは頭がいい。だからこの世にそんなものは、そうそうないってことを知っている――

――だけどあの少女は戦っていた。どう見ても悪者っぽい怪人と戦っていた。チェーンソー男は、本当の悪者に見えた。そいつと戦っているあの子が、ちょっと羨ましかった――

□□□
 そしてこの章の最後は「悪と戦ってかっこよく死ねるのなら、オレの人生は、それでオールオッケーなのだ」で締めくくられ、陽介は絵理ちゃんに一緒に戦わせてくれるよう頼みにいくこととなる。
 陽介が求めていたのは本当に信じられるものの存在である。中学生や高校生になると多くの人が「なぜ生きているのか」といった人生に対する問いを考え始めるだろう。他人との関わりでしか生きていけないことを知り、人生の意味、自分の価値を手探りで見つけ出そうとするだろう。それはなぜか。自由だからだ。自由で宙ぶらりんだからこそ、縋るものが欲しくなる。手に何かを握り締めていないと安心できないのだ。社会が近づくにつれて自分は自由の中に放り出されることになる。果てしない自由には不安が立ちこめている。どうしたらいいか分からない不安で満ちている。
 そしてそれを考えろ、と言われてもその指標となるべき信じられるものの存在はもうこの世にはないのだ。絶望。だけどどうにかするしかない。これがテーマとなる。
要するに、悩みながらもその不安の中で幸せに繋がる「信じられる」ものを見つけていくのがこの作品のテーマとなっている。友情や恋愛などの成分はそれを彩る要素に過ぎない。

□陽介と能登の対立。
 この物語は一見すれば絵理ちゃんと陽介のアドベンチャーであり、チェーンソー男などという怪物に立ち向かっていくだけのものになってしまう。確かに友情や恋愛成分も含まれてはいるし、そういった見方もできる。だが実際は現実に嫌気がさした主人公が能登を超えていく物語でもある、つまり生きている陽介と死んだ能登との戦いでもあるのだ。

――能登の世界
 能登はこの世界の不条理さを恨んでいた。
世界はどこまでもすっきりしなくて何に向かえばいいか、何が敵なのか分からずぐだぐだと続いていくだけで、幸せもすぐに吹き飛んでしまう永遠の地獄だ。
 その解答として能登はバイクでガードレールに突っ込んだ。それが世界に対する能登が出した答えだった。それによって能登はもう世界に縛られることはない。輪郭のはっきりしない不安にビクビク怯えることもない。死んだらそれはそれで勝ちなのだ。

――陽介の世界
 一方で陽介は不安を抱えながらもダラダラグダグダと日々を送っていた。能登のようにかっこよく死ぬことすらもできないからだ。この未来に対する抽象的な不安を切り裂く方法を探していた。そう、解決があることを知ってはいた。だけどそれが余計に辛かった。
 そんな時、チェーンソー男に出会うことになる。陽介にとってそれは目に見える敵であって真の救いだったのだ。チェーンソー男と戦っている間は幸せだ。絶対的な正義がここにあるからだ。自分に自信を持っていられるからだ。
能登の幻影はそんなことをしても無駄だと陽介を諭す。
「残念だったな、実際お前には、選択権なんて最初から無いんだ」

 生きている陽介と死んだ能登のどちらの方が、最終的に勝って幸せを手に入れたのか。それは読者自身で判断をして欲しい。僕は映画よりは原作推奨派です。


②『NHKにようこそ!』
 次は2002年刊行の『NHKにようこそ!』。2004年(~2007年完結全八巻)に大岩ケンヂにより漫画化、2006年にはアニメ化がなされた。漫画、アニメとも若干原作とは内容が異なる。内容的にはアニメは漫画と原作の中間に位置する。
 これは前作よりも作者自身の引きこもりの実体験を全面に押し出した内容になっている。主人公の佐藤達広は大学を中退した引きこもりで、それを救おうと奮闘する中原岬は宗教家の娘、隣に引っ越してきた高校の時の後輩山崎はアニメオタク、先輩は薬物にハマって抜け出せない。
 ダメ人間小説ここに極まる!


NHKにようこそ! (角川文庫)NHKにようこそ! (角川文庫)
(2005/06/25)
滝本 竜彦

商品詳細を見る

――紹介――
 俺は気づいてしまった。俺が大学を中退したのも、今話題のひきこもりなのも、すべて悪の組織NHKの仕業だということに!……といってずるずるとひきこもる俺の前に現れた美少女岬ちゃん。「あなたは私のプロジェクトに抜擢されました」ってなにそれ? エロスとバイオレンスとドラッグに汚染された俺たちの未来を救うのは愛か勇気か、それとも友情か? 驚愕のノンストップひきこもりアクション小説ここに誕生!(文庫裏表紙より)

□□□
 こういった物語というのは親を亡くした主人公が裏切りと挫折の果てに世界に絶望するという設定がついて鬱々とした調子になることが多い。が、そこは滝本である。主人公の佐藤くんは全く大した挫折もなくただただやる気がなくて被害妄想がたっぷりで、それで家から出られなくなってしまうのである。でもそこが逆にリアリティがあるわけで、当時社会問題として「ひきこもり」がブームだったこともあって社会的に注目を受けた。さすが、自ら「ひきこもり世代のトップランナー」と称しているだけのことはある。
 
――今、もっともホットな社会現象の「ひきこもり」。それが俺だ。
――今、もっとも大流行な社会現象の「ひきこもり」。それが俺だ。(冒頭より)

 これはずっと家から出られなかった佐藤達広が、様々な人々と出会って、その度にテンションが上昇と下降とを繰り返す物語だ。躁鬱感が活き活きとした調子で紡がれ、描かれている。本作はアニメ化やコミカライズもされており、どの作品も一部に異なったシナリオが採用されている。ファンならどれも欠かさずチェックだ!
 僕は一応、原作>コミック>アニメの序列をつけているが、入りやすいところから入って問題はない。

□簡単なキャラクター紹介
◎佐藤達広(22)――大学中退からのひきこもり生活は4年にもわたる。実家からの仕送りで生きている。山崎とともにエロゲ制作を始める。
すなわちNHKとは、日本ひきこもり協会の略だったのだ!
◎山崎薫(21)――高校時代の佐藤の後輩。重度のエロゲ(美少女ゲーム)オタク。専門学校である夜夜木アニメーション学園に通う。すぐにキレる。
ひきこもりのくせに、でかい口叩かないで下さいよなぁ!
◎中原岬(18)――おばさんの宗教勧誘に付き合わされて佐藤の家を訪れる。その後、佐藤をプロジェクトに抜擢する。
人間だもの、苦しいよ
◎柏瞳――佐藤の高校時代の先輩。薬物依存症。美人。
ところであたしたちの問題は、どこにも悪者がいやしないってことだよね

(以下は漫画版で追加されたキャラクターである)
◎緑川七菜子――山崎と同じアニメーション学校の声優科に通う女子。
未知の恐怖よりは知ってる不安の方が安心できるんだ?
◎城ヶ崎彰――柏瞳の婚約者。外見もよく優秀な精神科医。
ああ僕が悪かったよ!
◎小林恵――佐藤の高校生の同級生で、学級委員長だった。マルチ商法に引っかかる。
でも……関係なかったみたいね。人生に点数なんて……
◎小林四郎――小林恵の兄。佐藤より重いひきこもり。ネットゲームで佐藤と知り合う。
目標って何……?

□□□
 登場人物の誰もが現実にもがいている。佐藤くんは他人からの視線に恐怖を感じるし、山崎は実家の農業を継げと言われるし、岬ちゃんは宗教家のおばさんとの折り合いに悩み、柏先輩は元気になれる薬に溺れている。
 佐藤くんは戦う。何に? 現実に。

   ――前向きに生きていこう? ……バカか!
   ――夢があるから大丈夫? ……夢なんてねえよ!

 これも結局は前作『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』と本質的には同じテーマである。何もかもが馬鹿馬鹿しい現実の中で、目標の無い不安だけが自分を責め立てる。
 漫画の最後で岬ちゃんは言う。


……そう幸せ……
どうすれば私は幸せになれるの?
結婚すれば幸せになれるの? 子供を産めば? 長生きすれば?
それとも何かの業績を残せばいいの?
それともたくさん……気持ちいい欲望を満たせばそれで幸せが満ちるの?

(中略)
恋愛して幸せになってそれで何がどうなるの?
そんなことで何が満たされるの?
(コミックス8巻より)


 何をしても醒めた自分がいる。何をしたら楽しいかが分からない。だけど現実は辛くて悲しい。生きなければならない。死ぬ気もない。自分を騙せば楽なのにそれができない。トレンディードラマで、宗教で、スポーツで、アニメで、自分を夢中にすればいいのに、後ろには醒めた自分がいつでもいて、何をしても無駄だということを知っている。
 前作と比べるならば、より具体性をもった設定や人物描写を盛り込んでおり、リアリティが増したと言えるだろう。ファンタジーではないが、充分なエンターテインメント活劇である。ただ扱う題材はロリコン、エロゲー制作、宗教、自殺オフ会(コミック・アニメ)、マルチ商法(コミック・アニメ)なだけあって人を選ぶ作品かもしれない。けれど、どうしようもない人間というのはそういうものだ。

③『超人計画』
 滝本第三冊目2003年刊行のエッセイ『超人計画』である。最初から――我等は人々に彼等の存在の意義を教へむとす。すなわちそは超人なり。人間といふ暗黒の雲より来る電光なり。――というニーチェ『ツァラトゥストラ』の一節から始まる今作はその名もニーチェの思想を文字った超人計画。NHKのインタビューに出た当時の心境や、精神的要因で書けなくなった状況、そこから復活しようとする意志が脳内彼女レイちゃんとともに綴られていく。巻末にはレイちゃんの知恵袋と称して少しながらオマケが付いている。


超人計画 (角川文庫)超人計画 (角川文庫)
(2006/06)
滝本 竜彦

商品詳細を見る


――紹介――
 新人作家は悩んでいた。厳しすぎる現実を前に立ちすくみ、ダメ人間ロードを一直線に突っ走る自分はこのままでよいのだろうか。……いや、よくない!! 虚無感とルサンチマンに支配された己を変えるには、そうだ! “超人”になるしかないのだ!! 「くじけてはダメ、ゼッタイ!」やさしく励ます脳内彼女レイと手を取り進め、超人への道!! 「NHKにようこそ!」の滝本竜彦が現実と虚構のはざまに放つ前人未踏の超絶ストーリー!(文庫版裏表紙より)

④『僕のエア』
 2010年に刊行された滝本竜彦単行本第四冊目は別冊文藝春秋で2004年に掲載された『僕のエア』である。
 前作『超人計画』から7年、『NHKにようこそ!』からは8年という長い休筆期間の末に出された作品である。(文庫版には海猫沢めろんが当時の滝本について詳しく述べた解説が付されている。)


僕のエア (文春文庫)僕のエア (文春文庫)
(2012/08/03)
滝本 竜彦

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 主人公は二十四歳の男性。三流大学を卒業した後、やっとのことで就職した消火器セールス会社を半年で退職した後、そして今は二社掛け持ちのマスコミ系ビジネスである、新聞配達と交通量調査で毎日をなんとか食いつないでいる状況だ。そんな主人公の唯一の希望、スミレの結婚式の招待状が届いたころ、あの半透明なエアが現れたのだ。
――紹介――
絶対的な絶望もなく絶対的な希望もないイタくておかしくてせつない青春-120%(単行本帯より)

□□□
 主人公の前に突如現れて命を救った半透明の非科学的存在エアはあれやこれや悪戦苦闘して主人公をいい方向へ向かわせようとする。
 だけど主人公の心は歪みきっていてうまくはいかない。今でも、小学生の時の幼馴染だったスミレへの愛情を忘れられない。その上、苦しいことは全部幻覚妄想だと言い張る。それはまるで筋肉少女帯の『少年、グリグリメガネ拾う』のようではないか。表にあるのは偽りで、真実はいつもその裏側にあるという懐疑論だ。しかし主人公はパラノイアな自分から逃げ出すことがなかなかできない。恋愛だってうまくはいかない。統計学的データをもとに恋愛を形にしてみたところだってそれが違うものだっていうのは分かっている。一緒の部屋で女性と寝ても指一本すら触れられない。
 世界の全ての価値観は自分で決めればいいと思っていながらも、他人からの評価を逐一気にしてしまい、結局すべては無駄だ、何をやってもすべては意味のないこと(幻覚妄想)だ、という袋小路にハマりこんでしまうのである。主人公は叫ぶ。

――いっそのこと、みんなで海をぷかぷか浮かぶミトコンドリアに還ろうよ! 考えてみれば微生物最高じゃねえか! 試験も学校も仕事もねえじゃねえか! いやそもそも微生物以前の、水素とか炭素のままで良かったじゃねえか! 何をわざわざ勝手に進化して苦労を背負いこんでるんだよ! 「なんか面白そうだから俺らどんどん進化しちゃおうぜ!」っていうその考え方が刹那的で無軌道だっていうんだよ! この考え無しの馬鹿野郎!――

 そのため、エアが奮闘する。エアはげんなりと人生諦めきってしまった主人公に、欲望を与えようと脳改造を施そうとするのである。しかし、脳内物質の分泌比率を変えたところで主人公には希望が見えない。そこでエアは最後の方法をとることにする、主人公に大いなる絶望を迎えさせるために、エアが与えるのは、終わりの終わり、彼がなくしてはならない希望の喪失。それであった。それはあたかもツァラトストラが、最後の人間がニヒリズムを脱するために、彼らのニヒリズムを徹底させようとしたかのように。

□□□
 テーマはニヒリズムの超克であるだろう。キャラ立てやストーリー構成は前作や前前作と比べて、つかみどころがないように思われるかもしれないが、その分、今までよりぐっと問題を絞りこんだ感じがする。どうでもいい世界、どうにもならない世界、そしてどうにもならない思い。死の先駆的決意性を超えて(『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』)、対人恐怖症を超えて(『NHKにようこそ!』)、主人公はいままさに虚無を乗り越えようと目の前に見据え始める。世界に対しては最後まで心を開かなかった滝本竜彦の主人公が、わずかに動き始める記念碑的一作。


⑤『ムーの少年』
 最後は2011年3月に刊行された『ムーの少年』。これは2004年に野性時代に掲載された。表紙はデュラララのキャラデザや夜桜四重奏で有名なヤスダスズヒトである。

 雑誌『ムー』を愛読する14歳の男子が主人公だ。学校や家庭に嫌気がさし、ガラス瓶のようなフォボス(FOBS)に話しかけたり、自己暗示をしてしまう少年だ。そして彼が同じ学年の魔法少女弓子さんに恋をして、ともに悪である種蒔き師との戦いの日々が始まる。
 滝本竜彦が贈る、マジカルでリアルな青春小説!


ムーの少年ムーの少年
(2011/03/26)
滝本 竜彦

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――紹介――
虚構の世界の妄想に精神を病んだ彼女を救えるのは、オカルト雑誌『ムー』を愛読し、日々オカルトを実践している僕しかいない! 妄想系美少女と自意識過剰少年の恋と“魔法”の青春物語。滝本竜彦、復活!?(amazonより)

□□□
 恋をした。
 十四歳の初恋だった。
 彼女は夢見がちな人だった。
 魔法使いだったのだ。

 今作はファンタジーだ。魔法が出てくる。チェーンソー男とかエアとかよりもファンタジックでマジカルな作品だ。しかもヒロインは二人出てくる。魔法使いの弓子さんと吸血鬼の慶ちゃんだ。
「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」では、絵里ちゃんを助けることでハッピーエンドを主人公はつかむことになる。それはささやかで、ありきたりの個人としての幸せであった。しかし今度のヒロインは紛れもない魔法使いだ。主人公は幻影を人々に植えつける種蒔き師をサーチアンドデストロイするヒロインに協力することによって、客観的な正義の側に寄っていく。しかし、敵であった種蒔き師こそが真実であったらどうであろうか。それがもし恐ろしくも、疑わしくも、真なる肯定そのものだとしたら? 滝本は本作で、くだらない自意識も合理的な客観性をも超克した宗教性を開示することになる。真なる肯定、ずっと探し求め続けてきた滝本の、それに気づいた瞬間がここには記され、刻みこまれている。
 種蒔き師は弓子さんに殲滅されそうになりながら、主人公に叫びかける。

――嘘をつくのはやめろ。今晩から始まる虚しい日々から目を背けるのはやめろ。これから始まる未来の苦しさを想像しろ。この苦痛に満ちた幻影に取り込まれる義務が本当にあるのか考えろ。ない。義務などないんだ。いますぐ解放される権利が君にはあるんだ。――


4 終わりに。
 僕は滝本竜彦が好きだ。彼の作品が好きだ。
 まだ読んだことのない人には是非一度は彼の作品を手にとって見て欲しい。合わなかったらそれまでだが、合う人もいるに違いない。人生に迷っている人、どうにもこうにもうまくいかない人、なんだか夢や希望が疑わしく思えた人、色んな人に読んで欲しい。きっと共感することだろう。そんな経験は僕だけではないはずだ。
 滝本は映画「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」の原作者インタビューで、こう話している。

――よく映画の宣伝なんかで、「これはまったく新しい青春映画だ」などというキャッチコピーがつけられることが多いと思いますが、ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ、これは本当に、まったく新しい青春映画です。なにが新しいかと申しますと、人類の歴史、数千年ありますが、その中で誰ひとり、このような形式の物語を考えた人はいなかった。そして主題に関しては、相当長い歴史を持つ人類に普遍的なテーマを扱っておりますが、それをこのようなアクション、青春映画として面白いものに仕上げた人間は誰もいない。つまり、この映画を見ることによって、まだ体験したことのない感情を味わうことができます。本当に新しいものを見たい人はぜひ、ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ、日本映画史上に残る今世紀最大の傑作です。――

 これはなんというか、自分でいう人はなかなかいないであろう、自画自賛であるが、僕はまさにこのような畏敬の念を滝本竜彦の小説に対して、伊達や酔狂ではなく、抱いている。
 滝本さんには文章をこれからも書いて欲しい。現在の執筆活動は星海社やファウストで行なわれていることしか分からないが、その活動を決して辞めないでほしい。新しい思いを僕は受け取りたいといつでも思っているのだから。
 さて、こんなところで締めさせてもらおうと思う。まあ、簡単な紹介ではあったけれど、批評精神のまるでないような雑記に似た羅列ではあったけれど、これで一人でも読者が増えてくれればいい。そんな思いを胸にいま私はノートPCをパタンと閉じる。
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Comment
思い出したイタくてセツないキモチ
ググってたらここに行き当たりました。

久々に思い出した感情――
青春時代の痛み辛み――
そして心地よい共感――

滝本作品はまさに私の、
鬱屈した青春、そのものでした。

まだ抜け出せずにいるのが相当イタいですが……
今また考え直すと、今度はまた別の、活力を貰えそうです。

記事執筆ありがとうございました。

また彼の作品に出逢えたことを。出逢えることを。

大きな絶望と、微かな希望、そして再起……
それが彼の物語なのだと思います。
記事筆者(四流色夜空)より
>>通りすがりの引きこもりさんへ
コメントありがとうございます。
僕も滝本竜彦がどの作家よりも好きで、彼が鬱屈した僕たちに与えてくれたものは大きかったと思います。

また彼の作品に出会えることを期待しましょう。

ちなみに、僕も鬱屈したものから抜け出せずにいます(笑)
素晴らしいまとめですね!
素晴らしいまとめですね。
僕も滝本さんの作品が大好きなんです。
最近ブログに書いてる作品は少ないネット評から伺う限り評判が悪いですが、私は好きです。
管理人さんはポータルオブライトの作品はどうおもわれます?
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Author:shirosabi
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四流色夜空(@yorui_yozora)、安田茜、すず(@_suzu0)、波多野文緒

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